2015年10月18日日曜日

憎しみは愛の始まり

どーも。おまっちです。


さっきミスって途中で上げてしまった


今日のブログの題は今度時分が作ろうと思ってる曲のタイトルです。


ちょっと今までにない感じの歌をつくるかも。


賛美とゴスペルを区別してる自分にとってははじめて、ゴスペルを作ります、



まだ、なにも決まってませんが、詞が断片的に浮かんできたので、神様に求めていこうかと。。




読者のハピテファンのみなさん、、


(みなさんというほどいるかわからないが笑)



嫌いな人っていますかぃ?



いない人の方がめずらしいっすよね。。




僕も正直、何人かいます。



クリスチャンの人もノンクリスチャンの人でもね。



もっもはっきり言うと「嫌い」なんて易しい言葉では足りないほどの「憎しみ」を持ってしまう人もいます。



人の罪というのは恐ろしいですね。




クリスチャンになったとしても自分の内から罪が消え去るわけではない。




それでも、罪の無いものとして扱われるわけですから、


十字架のみ技の偉大さ、悔い改めの。恵みの深さというのはそれに勝って畏れ多いです。




今回作る「ゴスペル」は、


自分にとっては、

まだまだ戦い続けている憎しみに必ず勝利するという信仰告白。




そして、まだ十字架をしらずに憎しみに蝕まれている人にとっては、キリストの愛を知ってしまう歌。




そんな歌が与えられますように。




憎しみに変わってしまうような愛はそもそも、愛じゃない。



神の真実の愛というのは憎しみさえも愛に変える。



そういう意味で、


憎しみは愛のはじまり



おまっち

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