2018年1月4日木曜日

いくらでも満たされる

①②③~で真ん中を満たす愛してくれたの話をしてますけど、いくらでも満たされますからね。

しょっちゅう。

ただ僕がいってるのは、「一時的なもの」ではなく、「変わらないもの」ということです。

変わらずに真ん中を満たしてくれる。

このままの自分を「ずっと変わらずに」愛してくれる存在の話をしてるわけです









④『家族愛』

家族っていうのは、なんか、言うなれば聖域みたいなもので、外がとやかくいうものじゃない。みたいなところがあります。

間違いないですね。

そして家族の形というのもそれぞれで、一概には言えません。そして、言ってしまうと言った側がいけないみたいなところがあります。

でも言いますね。

例えば、離婚というのは、それだけでは良いとか悪いとか判断しかねることです。
でも、今は三人に一人が離婚してます。少し多すぎませんか。

簡単にくっついたり離れたりできるものではないと思います。なぜなら、結婚するというのは新しい命が生まれること、そして、体だけじゃなくて心も相手の人と言葉の通り「一心」同体になるからです。

まあ、この話はこのへんで。。。

今では普通の一般家庭という体で話をすることができない気がしたので何とも難しいところですが、、、、

さて、今は真ん中を埋める愛というテーマで話を進めていました。


どんな家庭であろうと、あなたが生まれたとき、お母さんはその誕生を喜んだはずです。
そしてあなたのことを愛していたはずです。

そして普通は、あなたが赤ちゃんの時、夜泣きをしても、色々手間がかかっても、すごく大切に育ててくれたはずです。

でもなんでですかね?

赤ちゃんてのはなんか清い存在的な価値観がありますが、そういう観念を取っ払うと、迷惑しかかけない存在ですよね?

一体なんか利益をもたらす存在ですか?
赤ちゃんを大事にしたからって、何か得ることができますか?

できません。

でも、大切にしてくれました。

何にもできない、そのままの自分を「よしよし」と言って愛してくれた。

これこそが、無条件の愛だと思います。

では今現在はどうですか?

よく若い人たちに「あなた方は希望です」とか聞くけど、赤ちゃんに希望があるなら、なぜ大人にないんですかね?子供もいずれは大人になって希望はどこに消えていくんですかね。


それと同じように今現在は、家族仲がよくない家庭が多い気がします。良いときも悪いときも共に過ごすから意味があると思うのですが、もはやそういう次元ではない家庭がある気がします。
理由はそれぞれだと思うし、俺が首を突っ込むことでもありません。

でも確かにそうです。

そして、先述したように、家族の愛を受けてこれなかった人もいるわけです。

家族の愛は素晴らしいものだけど、もし本当に無条件の愛なら、一体なぜこういうことがおきるのですか?

そして、受けてこれなかった人はどうなるんですか?

だから僕はこう思います。
家族愛で満たされないからこそ、真ん中がぽっかり空いてるんだと。
そして家族愛で満たされないと恋愛に走るんだと。
これは完璧な主観です。。(笑)


だから、家族愛で、真ん中が満たされてるひとは、本当に素晴らしいことだと思ってください。


久しぶり

すいません、最近全然あげてませんでした。

多忙だったんです。

ま、あげようと思えばできたけど。


宿題やらチャペルの準備やら大変だったんです。

ま、あげようと思えばできたけど。




ってことで、サボってただけです。すいません。。

③『恋愛』

こんにちは、『宗教なんて大っ嫌い』が①で『漠然とした虚しさ』が②です。

早速続きから話しますが、心の真ん中にぽっかりとした虚しさがある人がいると思います。

できる限りそういうことは考えたくないし、もうそういうこと考えずに、目の前の幸せを感じよう。

この考えもチョー納得。

でもそれだと、その虚しさから逃げられない状況になったとき、術がありません。

答えなんてないんだ。という考えもあります。

でも、その虚しさに対する答えが無いなんて、誰が決めたんですかね?そして、聖書には答えがはっきりと明記されています。それは神の愛を知ることです。
たしかに戦争を起こしてるのはキリスト信者です。
でもキリストや聖書はそのように教えていません。

でもまだ聖書そのものの話をされても納得いかないですよね。神の愛とか、何いってんだ。と思いますよね(笑)

だから、まずは人の愛を考えてみましょう。
まずは恋愛から。


高校生って、恋愛しますよね~。

ま、僕にも片想いの好きな人はいるけど、、(笑)

いやいや、そんなことより、恋愛こそが真ん中の虚しさを埋めてくれる。これこそがいきる意味の本当の答えだと。そうだと思いますか?
だとしたら、質問です。

その好きな人のどこが好きなんでしょうか。

理由なんてない、その人がその人だから好き。
と、思いたいですが、必ず理由があります。

理由もなしに人を好きにならないからです。

そこは、もうそういうものだから、ここは強引に話を進めます。

理由をもって好きになるということは、その存在すべてをそれだけで受け入れてることにはなりません。

残酷な話だけど、どれだけ好きでも、相手の全てを受け入れることなんてできないんですね。

それは、相手が悪いからではなくて、自分にその度量がないということです。


恋愛なんか特にそうです。まー、恋愛とひとくくりにしても、それぞれですが、要は異性間での恋のことですよね。

異性間での恋といえば、少しでも色気を出して誘ってみたり、かわいい声を出してみたり、髪型決めて、着こなして、男前のところ見せたり、まーそういうのに惹かれたりしますよね。
うん、僕だってそうです。

もちろんそれだけが恋愛じゃないけど、そういう一面がかなり強いでしょ?

悲しい話をすれば、『ブスでデブでチビで不潔で、でもものすごく優しい理解者』に恋をしますか?

するんだったら本物。しないんだったら、多少は外見に左右されてるってことです。

それこそ、『~だから好き』っていう条件付きですよね。

どんな人間にも、無条件で人を愛する力はないんですね。もちろん僕もです。

にも関わらず、無条件で愛されたいと思う。
自分の存在をそれだけで受け入れてほしいって誰しも思うはずです。


んー、困ったものだ。。。


おっと、家族はどうでしょう。

家族は別に外見がどうとかで、嫌いますか?
いーや、普通は親は子供をそれだけで愛するものです。

次は家族愛を考えてみましょう。


2017年12月3日日曜日

ペンとメガネの目的

神がいるという前提で話します。


ペンの目的はなんですか?
書くため。

メガネの目的は?
見るため、

ノートは?
写すため。

人の造ったものには目的が明らかです。
なぜなら、目的もなくものを作らないから。

住まないのに家はたてません。
飾りで建てるとしても、飾りにするという目的
がある。


しかし、人の目的は何でしょうか?
この、ペン、メガネ、ノート、家の目的が違うように、人の目的もそれぞれでしょうか?

あり意味ではそうでしょう。

でも、このペン、メガネ、ノート、家に共通する目的があります。
それは、人のためにあるということです。

人が作るものは基本、人のため。

だから、目的は一緒だけど、その表現の仕方が違うわけです。


ではもう一度聞きますが、人の目的は何でしょうか?
人は誰が造ったのでしょうか?

神が人を造りました。

だから、人は神のために存在するのです。

でも人は神を理解できません。

当然です。

ペンが人を理解しますかね?

だから、僕も神を完全に理解したわけでもありません。ただ、神の方に目を向けようと心がけたいとはおもいます。

話をもとに戻して、人の目的はひとつであり、神のためです。

その表現の仕方こそが、人それぞれなんですね。

木原イザヤ







答えは様々なのか一つなのか

いきる意味。目的。
いきがい。

この答えは人それぞれですよね?

ある人にとってはスポーツ、金、彼女、彼氏、孫の成長などなど、、、

価値観も、人それぞれです。
良いとか悪いとかはありませんよね。

だって、何が良くて悪いのかを悟った人なんていませんからね。

人それぞれ。

でも、答えがひとつしかないのもあります。

人間いつか死ぬこと。
神がいるのかいないのか。
死んだら天国と地獄なのか、輪廻なのか、無になるのか。
宇宙の始まりはなんなのか
愛の形は違っても愛の本質はなんなのか


これはひとつですよね?????


人間死ぬかどうかは人それぞれとか、頭おかしいですよね。笑笑

この中で、特に考えてほしいのは、神はいるのかいないのか。

答えはひとつです。

いないなら、この世界はすべて偶然。目的がない。
いるんだったら、僕たちの命には目的があるわけです。

意味もなくご飯を作りますか?
食べるために作ります。

神も意味なくこの世界を作りますかね?
命をつくりますかね?目的があって作るんです。
でも誰も神を求めはしません。いるなら、お前から現れろ。ってね。宇宙や空や山など、人が作ったもの以外すべて、神がつくったものを見れば一目瞭然なはずです。


意味も目的もなく命があると思いますか?

神はいます。
目的があって世界を造りました。
目的があって命をつくりました。
目的があって僕をつくりました。
目的があってあなたをつくりました。
そして僕ををほんとうに愛しています。
あなたをほんとうに愛しています。


すべてを肯定しよう。
といって、答えの形が様々だというのは
確かに良いことかもしれません。

他を受け入れる。寛容になる。
これこそが、宗教家にたりないことですよね。

大抵、キリスト信者は上から目線だし。

でも、神はいるのかいないのか。

この答えはひとつ。

いる。

もしくは

いない。

いないなら、すべては偶然です。
いるなら、目的があります。

どんな目的なのか?
それは聖書にかいてあります。


このへんで!


木原イザヤ



2017年12月1日金曜日

ひたすら高校生にむけて

このブログではひたすら中学生、高校生年代にむけて話します。

自分が高校生なので、特に高校生に向けて話します。

『』がついてるのがメッセージです。

いつかそのメッセージでいうかもしれませんが、ひとつ質問です。(中高生に向けて)

みんな生きてる意味が知りたいんですか?
それとも自分にとって都合のいい意味を探してるんですか?


もし自分の都合のいいことだけを探してるんだったら、そう自覚して生きていくべきですよね。

都合のいいことだけを探してるのに、
いや、わたしはそうじゃない。
とかは、無しでお願いしますよ。


ごめんなさい。

こういう僕も都合のいい人間なんです。。。


木原イザヤ