2018年1月4日木曜日

③『恋愛』

こんにちは、『宗教なんて大っ嫌い』が①で『漠然とした虚しさ』が②です。

早速続きから話しますが、心の真ん中にぽっかりとした虚しさがある人がいると思います。

できる限りそういうことは考えたくないし、もうそういうこと考えずに、目の前の幸せを感じよう。

この考えもチョー納得。

でもそれだと、その虚しさから逃げられない状況になったとき、術がありません。

答えなんてないんだ。という考えもあります。

でも、その虚しさに対する答えが無いなんて、誰が決めたんですかね?そして、聖書には答えがはっきりと明記されています。それは神の愛を知ることです。
たしかに戦争を起こしてるのはキリスト信者です。
でもキリストや聖書はそのように教えていません。

でもまだ聖書そのものの話をされても納得いかないですよね。神の愛とか、何いってんだ。と思いますよね(笑)

だから、まずは人の愛を考えてみましょう。
まずは恋愛から。


高校生って、恋愛しますよね~。

ま、僕にも片想いの好きな人はいるけど、、(笑)

いやいや、そんなことより、恋愛こそが真ん中の虚しさを埋めてくれる。これこそがいきる意味の本当の答えだと。そうだと思いますか?
だとしたら、質問です。

その好きな人のどこが好きなんでしょうか。

理由なんてない、その人がその人だから好き。
と、思いたいですが、必ず理由があります。

理由もなしに人を好きにならないからです。

そこは、もうそういうものだから、ここは強引に話を進めます。

理由をもって好きになるということは、その存在すべてをそれだけで受け入れてることにはなりません。

残酷な話だけど、どれだけ好きでも、相手の全てを受け入れることなんてできないんですね。

それは、相手が悪いからではなくて、自分にその度量がないということです。


恋愛なんか特にそうです。まー、恋愛とひとくくりにしても、それぞれですが、要は異性間での恋のことですよね。

異性間での恋といえば、少しでも色気を出して誘ってみたり、かわいい声を出してみたり、髪型決めて、着こなして、男前のところ見せたり、まーそういうのに惹かれたりしますよね。
うん、僕だってそうです。

もちろんそれだけが恋愛じゃないけど、そういう一面がかなり強いでしょ?

悲しい話をすれば、『ブスでデブでチビで不潔で、でもものすごく優しい理解者』に恋をしますか?

するんだったら本物。しないんだったら、多少は外見に左右されてるってことです。

それこそ、『~だから好き』っていう条件付きですよね。

どんな人間にも、無条件で人を愛する力はないんですね。もちろん僕もです。

にも関わらず、無条件で愛されたいと思う。
自分の存在をそれだけで受け入れてほしいって誰しも思うはずです。


んー、困ったものだ。。。


おっと、家族はどうでしょう。

家族は別に外見がどうとかで、嫌いますか?
いーや、普通は親は子供をそれだけで愛するものです。

次は家族愛を考えてみましょう。


2017年12月3日日曜日

ペンとメガネの目的

神がいるという前提で話します。


ペンの目的はなんですか?
書くため。

メガネの目的は?
見るため、

ノートは?
写すため。

人の造ったものには目的が明らかです。
なぜなら、目的もなくものを作らないから。

住まないのに家はたてません。
飾りで建てるとしても、飾りにするという目的
がある。


しかし、人の目的は何でしょうか?
この、ペン、メガネ、ノート、家の目的が違うように、人の目的もそれぞれでしょうか?

あり意味ではそうでしょう。

でも、このペン、メガネ、ノート、家に共通する目的があります。
それは、人のためにあるということです。

人が作るものは基本、人のため。

だから、目的は一緒だけど、その表現の仕方が違うわけです。


ではもう一度聞きますが、人の目的は何でしょうか?
人は誰が造ったのでしょうか?

神が人を造りました。

だから、人は神のために存在するのです。

でも人は神を理解できません。

当然です。

ペンが人を理解しますかね?

だから、僕も神を完全に理解したわけでもありません。ただ、神の方に目を向けようと心がけたいとはおもいます。

話をもとに戻して、人の目的はひとつであり、神のためです。

その表現の仕方こそが、人それぞれなんですね。

木原イザヤ







答えは様々なのか一つなのか

いきる意味。目的。
いきがい。

この答えは人それぞれですよね?

ある人にとってはスポーツ、金、彼女、彼氏、孫の成長などなど、、、

価値観も、人それぞれです。
良いとか悪いとかはありませんよね。

だって、何が良くて悪いのかを悟った人なんていませんからね。

人それぞれ。

でも、答えがひとつしかないのもあります。

人間いつか死ぬこと。
神がいるのかいないのか。
死んだら天国と地獄なのか、輪廻なのか、無になるのか。
宇宙の始まりはなんなのか
愛の形は違っても愛の本質はなんなのか


これはひとつですよね?????


人間死ぬかどうかは人それぞれとか、頭おかしいですよね。笑笑

この中で、特に考えてほしいのは、神はいるのかいないのか。

答えはひとつです。

いないなら、この世界はすべて偶然。目的がない。
いるんだったら、僕たちの命には目的があるわけです。

意味もなくご飯を作りますか?
食べるために作ります。

神も意味なくこの世界を作りますかね?
命をつくりますかね?目的があって作るんです。
でも誰も神を求めはしません。いるなら、お前から現れろ。ってね。宇宙や空や山など、人が作ったもの以外すべて、神がつくったものを見れば一目瞭然なはずです。


意味も目的もなく命があると思いますか?

神はいます。
目的があって世界を造りました。
目的があって命をつくりました。
目的があって僕をつくりました。
目的があってあなたをつくりました。
そして僕ををほんとうに愛しています。
あなたをほんとうに愛しています。


すべてを肯定しよう。
といって、答えの形が様々だというのは
確かに良いことかもしれません。

他を受け入れる。寛容になる。
これこそが、宗教家にたりないことですよね。

大抵、キリスト信者は上から目線だし。

でも、神はいるのかいないのか。

この答えはひとつ。

いる。

もしくは

いない。

いないなら、すべては偶然です。
いるなら、目的があります。

どんな目的なのか?
それは聖書にかいてあります。


このへんで!


木原イザヤ



2017年12月1日金曜日

ひたすら高校生にむけて

このブログではひたすら中学生、高校生年代にむけて話します。

自分が高校生なので、特に高校生に向けて話します。

『』がついてるのがメッセージです。

いつかそのメッセージでいうかもしれませんが、ひとつ質問です。(中高生に向けて)

みんな生きてる意味が知りたいんですか?
それとも自分にとって都合のいい意味を探してるんですか?


もし自分の都合のいいことだけを探してるんだったら、そう自覚して生きていくべきですよね。

都合のいいことだけを探してるのに、
いや、わたしはそうじゃない。
とかは、無しでお願いしますよ。


ごめんなさい。

こういう僕も都合のいい人間なんです。。。


木原イザヤ

2017年11月30日木曜日

『漠然とした虚しさ』

生きる意味が見つかればいい。

前回こんなことを言いました。

それがキリストでも仏陀でも、金でも、正直なんでもいいから、ほんとにこれが生きる意味だって、自信もって迷わずに言えるものが必要じゃないですか?

どーでもいいいって思う人もいるかもしれないし、何よりそんな答えなんてない。そう思う人もいるかも知れません。

哲学的なことを話すと、ひとりだけクラスで浮いてしまうし、おかしなやつだと思われるのがオチだけど、でもみんな心のなかでそんなこと考えてませんか?

ぼんやりと、何で生きてるんだろうなって。
そう思わない人はいないと思います。

何よりそれを証明してるのがあります。


それは高校生のみんなは、男子も女子も、友達と他愛もない事をして笑うのが好きです。

友達だとか、彼氏彼女とかで楽しいことをするのが好きですよね?

でも、自分に当てはめて考えてほしいんだけど、確かにそれ自体は楽しいんだけど、何か心のさらに奥の心の部分に、真ん中の心の部分にぽっかりした穴がないですかね??

これは、質問です。ない人は別にそれでいいです。ほとんどの人はあると思う。

そのぽっかりしたものがよくわかんないけどあって、それを埋めたくて色々しても、やっぱり埋まらない。

家族とか友達とか彼氏彼女とか、人間関係上手くいかない時もあるし、上手くいっても、何て言うか上手く言えないけど、ふとしたときに漠然とした、むなしさがやってこないですか??

これは上手く言えないです。分かる人は分かると思う。

それこそが生きる意味とか目的がわからずに探してるからだと思うんですよね。

ぽっかりしたもの。そこは必ず埋まるはずだと信じたいけど、あてもない。

聖書はれを埋めるのは愛だといってる。
神の愛だと。

はっ。笑わせるな!

と思うだろうから、今は話しません。

恋愛の愛。家族の愛。要は人間の愛だって、素晴らしいものだし、信じたい。

だから、その事を次から話します。

生きる意味さえわかればいい。
ぽっかりしたものさえ埋まればいい。
それを埋めるのが愛だから。
だから、愛を次から話します。


木原イザヤ





『宗教なんて大っ嫌い』

みなさんこんにちは。

これを読むときは、中高生になった気分で読んでください!

最初は、『宗教なんて大っ嫌い』というテーマで書きます。

僕の名前はイザヤで、生まれたときからクリスチャンで、イエスキリストのことを信じています。

でもはっきり言いますけど、宗教なんてくそだ!

あ、くそ、、、とは言いすぎかな。

でもそう思います。

「愛は寛容であり、愛は親切です」
なんて、高らかに講壇では言う人も、講壇降りれば大したことないやつばっか。
何より、平和を唱える宗教だって?どの口がほざくってんだ。

結局平和とか愛とかいいながら、キリスト教が正しい、イスラム教が正しいとかいって、争いを起こしてるのはお前たちだろ!

世界史を習ってる人なら分かるはず。十字軍とか歴代の教皇たちの愚行。

だから、俺は、キリスト教も嫌いです。


でも、イエス・キリストのことは信じています。

矛盾に思えますかね?

変な話だと決めつけるのは早いですよ。

僕は宗教の話しをしていくつもりもないし、イエス・キリストのことを信じろと強制するために話すわけでもありません。

みんながキリスト教とか宗教とかどうでもいいという気持ちもわかります。それは、イエス・キリスト自身というよりも、それを信じてる人たちを見て判断してることだと思います。

でも、イエス・キリスト自身のことはまだみんな知らないと思います。

だから、その事を伝えていくつもりです。
ても、何度も言いますが、信じさせるつもりはありません。


ぶっちゃけ本当の生きる意味が見つかりさえすればいいとおもうんですよね。

高校生はアイデンティティーを探す時期、つまり、自分らしさとか人生の意味を考える年頃だと言われます。

だからこそ、てきとうなそれっぽい答えじゃなくて、本当の答えを見つけたいですよね?

それが僕にとってはキリストなんですね。

でも、もしあなたにとってイエス・キリストが答えじゃないなら、それでいいです。

でも、聞きもしないで判断はしないでくださいよ。(笑)


木原イザヤ



中高生向けメッセージ

中高生向けメッセージすることになりましたので、ブログに載せたいと思います。

よくわからないけど、ハピテのブログで更新することになります。